将棋マガジン1991年11月号、林葉直子女流名人(当時)の「私の愛した棋士達 森下卓六段の巻」より。
さわやかな風のように現れたかと思うと少しカン高い声で、
「いやー、林葉さんのような美人と今月は三回も仕事が一緒で僕は幸せです」
「全然そんなこと思ってないでしょ」
と私が突っ込むとニコニコ顔で首を上下に振りながら、
「当然、本心ですよぉ」
と言ってくれる森下六段。
うーん、なんてイイ人なんだろ。
(フッ、誉められたらすぐに図にのるB型の単純な私)
それにしても、どこでこんなに女性を持ち上げることを覚えたのだろうか。
森下六段と私の出逢いは、お互いおべっかを使うことを知らぬうーんと昔、忘れもしない12年前ものことになる。
森下六段が小学六年生、私が五年生。地元は福岡のデパートにて行われた「チビッ子名人戦」に参加したときのことである。
当時、アマ三段ぐらいの実力だといわれていた私は、スムーズに決勝まで進んだ。
はっきり言って、普通のチビッ子では相手にならない。
私自身、当然あつかましくも優勝は間違いなし、なんて思っていたくらいだ。
その決勝戦での相手というのが森下少年だったのである。
買い物がてら付いてきてくれた母にどんな男の子かと聞くと、
「あのメガネかけた賢そうな男の子よ」
「ふーん」とタカをくくって興味なさそうな私に、
「相当強いらしいわよ、なんでもアマ三段くらいだって」
と母は私に釘をさす。福岡にも強い子供がいるんだ、とビックリしたものだった。
道場で大人の相手をすることが多かったせいか、子供のくせに私は子供は相手にならないという感覚があったのだ。
当時の森下少年はどういう気持ちだったのだろうか。
一学年上の強い人か、という思いの私と、一つ下のオカッパ頭の女の子を相手にしなければならない森下少年では、プレッシャーの度合いも違う。
フツーの大人よりも強い子供同士の決勝戦にギャラリーの数は相当なものだったと記憶する。
先後は覚えていないが、相矢倉になり大熱戦の末、運よく私に勝利の女神が微笑んだのだった。
他にもいろんなチビッ子将棋大会に参加していた私だが、これは何よりも想い出深い一局となった。
「負けました」
とハッキリした口調だが悔しそうにはにかむ少年森下。
これはすごく印象的だった。
ワンパクぼうずという感じではなく品のよい礼儀正しい一つ上の強い男の子・・・。
今度、やったときは勝てるだろうか、とオカッパ頭の少女の私はそう思ったものである。
その予想通り、今となっては手の届かぬほどの地位に当時の礼儀正しい少年は成長してしまったのだ。
おかげさまで、これは私の唯一の自慢話となってしまった。
森下六段が活躍すればするほど、
「子供のころ決勝戦で私が勝ったの」
と威張れるのだ。
そのせいか、惜しくも各棋戦で活躍しながらも優勝できずにいると、
「直子ちゃんに負けてから、準優勝がクセになった準優勝男のモリシタ」とアッチコッチで言われていたようである。
しかし昨今の活躍ぶりは、皆さまご存知の通りで、不運!?も去り本領発揮し、全日プロで優勝、そして竜王戦でも挑戦者決定戦まで進んでいる。
(おっと、竜王戦に関していえば竜王にならないと、また皆に準優勝男と言われてしまうか)
同郷でしかも子供の頃、将棋を指した仲なので是非とも頑張っていただきたい。
しかし、12年越しの知り合いではあるのだが盤を挟んで将棋を指しただけで、話をじっくりしたのは、つい最近のこと。
これまでは、男性棋士と女流棋士という違いもあり顔を合わすことがあってもお互いの対局日。
「おはようございます。あれ、今日林葉さん対局ですか?」
「ええ、森下さんも?」
ニコニコッとし眼鏡のフチに手をあてながら森下六段は、
「そうなんですよ、がんばりましょうね」
と元気印でキビキビと去ってゆく。
この程度だったのである。
それが今年の夏、一緒の仕事が多くあり初めてゆっくりおしゃべりしたのである。
そして我々の話した時間が知り合った歳月から考えるとあまりにも短いことに気付いたのだ。
これが、二人で考えた結果12年間でなんと、トータル”20分”ぐらいではないか、という答えとなったのだ。
知り合いだが話をしたことがなかったというおかしな関係だったのだ。
「いやぁ、お互い歳をとりましたね」
なにがそんなに嬉しいのか、というぐらい屈託のない笑顔でいう森下六段。
これが実にさわやかである。
なんだったか、私が失礼なことを言ったときも、
「怒りますよ」
と言って、笑っていた。
私なんぞ、人間が出来てないせいか、腹が立つとすぐに態度にでてしまい「直子ちゃん、まぁそんなに怒らないで」と人になだめられる。
それが普通の人間だと思うのだが25歳という若さなのにもかかわらず常に笑みを絶やさず、周囲の人々への気配りを忘れないのが森下六段なのだ。
地元、九州での森下ファンの数は計り知れない、というのも人柄の良さのせいだろう。
同じ土俵で戦う棋士仲間も彼のことを人格的に悪く言う人はいない。
よく耳にするのが将棋の研究もよくしていて、お世話になった方々への挨拶を忘れない。尊敬するナ、という話なのだ。
そのうえ、マジメな好青年というだけではなく非常にユニークなお人なのである。
「森下さんって面白い」
「なにがですか」
ちょっとマジメなフリをする森下六段。
「だってぇ、私のこと美人だって言っておきながら、美人紹介して下さいってどういうことですか?」
私の突っ込みに、またまたマジメな顔をして、
「いやいやいや、付け加えるのを忘れてたんですよ。林葉さんよりは劣るだろうけど、林葉さんの知り合いの美人を紹介して下さい、と言ったんですよ」
とニタッと笑う森下六段。
そして、失礼なことにそう言い終えた直後、プッと口許に手をやり自分の言ったウソがこらえきれなくなったのか笑い出すのである。
口を開けば、誉めてくれるのだがこれが相当あてにならないということは実証済みだが……。
「◯◯先生には勝とうなんてとんでもないです。教えていただくつもりで」
と言っておきながら、勝ってしまうようなものだ。
まったくもう、ホンネは笑顔で全部ごまかしてしまうのだ。
常に謙虚で人を良い気持ちにさせるのがお上手な森下六段。
だから、誰からも愛される奇特なお方なのだろう。
ま、思ってなくとも、そう持ち上げてくれる事は嬉しいことだ。
だけどたまには笑わないで、
「美人ですね」
と言ってくれてもよいのではないかしらん!?
ホンネでそう言ってもらえるのを期待していますが、いつのことになるのやら……。
私の愛するステキな森下先生、将棋も恋もがんばってお互い幸せになりましょうね。
直子の森下卓分析
(特徴)
北九州出身、現在は中野区在住。
25歳、独身、AB型。
将棋界の森田健作というイメージで清涼感溢れるさわやか人間。
髪型に特徴がありチマタでは毒キノコカット、と言われている。
(ごめんあそばせ、ご本人はいたってお気に入りのようなのですが、めずらしい髪型なもので・・・)
これ、銀座の美容室での特注カットだそう。
森下六段だから似合う、のかもしれませんが・・・他の髪型になった森下先生も見てみたいしな。
イイ奴だけどヘンな奴、というのが某棋士、森下評である。
女性の話をするのがお好きで、
「聞いて下さいよ、◯◯先生。この間ですね、すごい美人がいまして」と、スゴイ美人の話を長ーくするらしい。
別に25歳の男性だ、ヘンという感じはしないのだが、なにせ話をするときに、
「すごい」
と大ゲサに言うのが特徴らしい。
ちなみに独身、森下六段の好みの女性は、ポッチャリしていて、色白でキメの細かい肌の若い女性、ということ。
「理想の女性が出現するのは、だいぶ先になるんじゃないの森下君の場合は・・・。谷川、森下って路線が同じだから・・・」
という意見を私は聞いたことがある。
従って当分、結婚という二文字は先の話になるのだろう。
(口グセ)
「スゴイ」というのを付けるのは前述通りの口グセ。
あと、ひとつ独特なる言い回しで
「イヤイヤイヤイヤッ」
(いじめられてるわけでもなく、マゾ気があるわけでもございません、念のタメ)
と否定するときに”イヤ”を四回続けて言うことが森下流。
これ、うまくいえないがすごくオチャメな感じで可愛いのだ。
(趣味)
早寝、早起き。
旅行(神社、仏閣巡り?)。
囲碁(囲碁部の幹事である)
(以下略)
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林葉直子さんの「私の愛する棋士達」の第11回、森下卓六段(当時)。
林葉さんの文章を読んでいると、”イイ奴だけどヘンな奴”というキーワードがピッタリくるほどの森下流であることが実感できる。
このブログの記事でも、森下卓九段に関するエピソードは多い。
真摯で真面目で礼儀正しく、そして何ともいえない面白さを持っている森下卓九段。
森下九段のエピソードは、近々、また登場する予定だ。
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林葉直子さんが新しいブログを始めたことはお伝えしたが、2日に一度のペースで更新されており、書かれている内容もコラム風で面白い。
絶対に見逃せないブログだ。